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神戸地方裁判所 昭和41年(わ)1155号 決定 1967年1月09日

被告人 小松茂夫

決  定 <被告人氏名略>

右の者に対する勾留につき当裁判所は検察官樋口禎志の意見を聴き次のとおり決定する。

主文

神戸地方裁判所裁判官原田直郎が昭和四一年一二月二日被告人につきなした勾留を取消す。

理由

第一本件勾留の概要

当裁判所昭和四一年(わ)第一一五五号暴力行為等処罰に関する法律違反被告事件(被告人小松茂夫)の一件記録によると、被告人の勾留関係の概要は次のとおりである。

一  被告人は常習として昭和四一年七月三〇日ビクターパチンコ店でパチンコ遊技中些細なことに因縁をつけ同店支配人木村一秋を脅迫したとの暴力行為等処罰に関する法律第一条の三違反の被疑事実(要旨)により右同日現行犯として逮捕され昭和四一年八月一日神戸地裁裁判官梅垣栄蔵により刑訴法第六〇条第一項第二、三号の事由ありとして勾留せられた。(以下単に保釈前の勾留と称することがある。)

二  被告人は同月九日右事件により神戸地検検察官により起訴せられ、目下当裁判所で審理中であるが、起訴後同月一九日神戸地裁裁判官金沢英一は弁護人の申請により保釈許可決定をなし、被告人は同月二〇日釈放せられた。

三  しかるに、被告人は常習として同年一一月三〇日午後四時一五分頃、神戸市葺合区吾妻通二丁目銭湯付近路上で木村一秋に対し前記事件に関し不利益な証言をしたのを恨み、同人に全治約五日間の左拇指捻挫を負わせたとの暴力行為等処罰に関する法律第一条の三違反の被疑事実(要旨)により同日現行犯人として逮捕せられ、同一二月二日神戸地裁裁判官原田直郎は刑訴法第六〇条第一項第二、三号の事由があるとして右被疑事実に基き被告人を勾留した。(以下本件勾留と略称することがある。)その結果被告人は神戸拘置所に収監された。

四  検察官は昭和四一年一二月一〇日訴因追加請求書により右事実につき訴因追加の手続をとつた。

五  次いで、検察官は同一二月一四日刑訴法第九六条第一項第三、四号該当事由ありとして前記保釈の取消申請をし、当裁判所は弁護人の意見聴取後右申請を容れ、右保釈取消確定後である同月一六日被告人は保釈前の勾留により重ねて収監された。

第二追加訴因による勾留の当否

一  包括一罪(本件のような常習犯を含む。)の事件につき勾留され保釈後新たに従前の包括一罪に包摂される所為をなした者について訴因追加の事実となるべき被疑事実につき新たに勾留をなしうるか否かについて現在のところこれを論じた判例学説は見当らない。しかし、実務家の間では次の見解があると仄聞している。

(1)  消極説

一事件一勾留の手続法上の原則と実体法上一罪の一部であることから、右場合につき新たな勾留は許されない。

(2)  積極説

一事件一勾留の手続上の原則があり、保釈後の所為は実体法上一罪の一部であるけれども、捜査の必要上という手続法上の配慮から新たな勾留は許される。

しかして、訴因追加の請求は刑訴法第二〇八条所定の勾留期間内になすを要し、同法第六〇条第二項の『公訴の提起があつた日』はこの場合には『訴因追加請求のあつた日』と読みかえて解すべきである。但し、例外的措置であるから、右勾留については勾留更新の措置は採らない。

二  当裁判所は積極説を採る。その論拠は先ず、消極説のいう一事件一勾留の原則は手続法において形式面における人権保障の目的にでたものであるけれども、捜査の必要という手続法上の緊急不可欠な要請がある以上特殊例外的に右原則を破ることが必ずしも許されないものではないと考えることが社会通念に合致する。けだし、保釈後の所為につき強制捜査が許されないとすれば、これにつき捜査機関は拱手傍観していなければならなくなるおそれがあるからである。

次ぎに、実体上一罪の一部という点も概念的にまた事件処理的には肯定できるが、実質的本質的には新たな所為は寧ろ別罪に近いともいえるニユアンスをもつとみる余地もあるからである。

このことは、かつて拡充に拡充をかさね、その弊害の極わまるところ、遂に廃止の浮目をみた連続犯についてさえ、保釈出所後全然新らたな意思に基きなした所為につき従前の所為の確定判決との間に連続犯の適用関係を認めず別罪とした判例(昭和一〇年三月二〇日大審院判決、同院判例集第一四巻第二一〇頁参照)のあつたことを想起すれば、あながち極論ともいえまい。

三  右の次第であるから、常習的暴力行為に対する特別加重類型たる暴力行為等処罰に関する法律第一条の三違反事件につき常習犯たる包括的単純一罪に包摂せられ訴因追加の対象たるべき被疑事実につき現行犯人として逮捕された被告人を法定の時間内になした新たな勾留は相当であり、しかも右追加訴因の請求は刑訴法第二〇八条所定の期間内になされているから、別に勾留事由(刑訴第六〇条第二、三号)消滅の資料のない本件勾留は現に相当のものというべきである。

第三本件勾留の必要性の有無

本件勾留継続の必要性の有無につき考えるに、被告人に対しその後保釈前の勾留が保釈取消により既に執行せられていること、本件勾留は訴因追加請求書記載の事実を被疑事実とした変形的例外的措置であること、かかる状況下において勾留更新時まで放置したのち勾留の効力を失効さすのは少くとも本件勾留については迂遠のそしりを免れがたいなどからして、本件勾留は最早その使命を全うし、その必要性は無に帰したというべきである。第四結語

そうすると、刑訴法第八七条に基き本件勾留は職権をもつてこれを取消すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判官 矢島好信)

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